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#43 けいの心臓の手術のこと - 10

Kay, Santa Monica CA, 2014

 

手術の日も2ヶ月後の12月9日に決まり、最後の術前検査に向けて、食餌を見直してけいの体調を整えたり、カートを用意するなど術後の生活の準備をし、そして考えたくはないのですが万が一の場合に備えて、けいを手放しで孫のように可愛がっているわたしの母に会わせに行ったりしていました。

 

そんな中でもひとつずっと気にかかっていたのは、けいのためだけにこんなに高価な(わたしにとっては)費用をかけていいのだろうかということでした。けいの飼主、おばねえさんは動物愛護活動のお手伝いを細々としていて、時には公共の場でのお手伝いもしています。残念ながら、東京や神奈川以外の地域では健康上などの理由以外で殺処分されてしまう動物たちがまだたくさんいるという現実です。これだけの費用があれば何匹の健康な子たちがその命を繋げられるのだろうか、と考えてしまいました。冷たい床で亡くなっていく子たちがいる一方で、ケージに入れられたこともない、幸せなブリーダーで生まれて苦労のなかったけいがこんなに費用をかけられ大事にされて許されるのだろうかと悩みました。

 

そんなとき病院で出会ったのが、同じ病気で手術待ちの異犬種の小さなわんちゃんと飼い主さんでした。ブリーダー崩壊から保護団体を通して引き取られた小さな小さな子。ひどい状態で何年もケージで過ごし初めて一般家庭に引き取られ幸せになった矢先、病気が発覚し手術を受けることになったということでした。元保護犬でも家族だからあと何年一緒にいられるかわからないけれどできる限りのことをしてあげたい、とその飼主さんはおっしゃっていました。

お話を伺っていて、元保護犬だったからとか保護犬でなくブリーダー出身だから、などは関係なくそれぞれの飼主が家族として自分たちのできる、そして最善と思うことを愛する子たちにしてあげればそれでいいのだと、思いました。

 

動物愛護の基本概念とはそういうものだと思います。そしてこれから保護されていく子たちが、このレスキューされた子の飼主さんのような良い人達に出会って、家族として迎えられその子にとって最善のことをしたいと思われて暮らしていけたらいいなぁと思いました。それが当たり前の世の中になってくれたらと、心から思いました。

けいの手術に関して、心が本当に決まったのはこのときだと思います。
けいには、わたししかいないのですから。わたしが信じることが最善なのですから。