#27 農場の小さな小屋

Originally posted on June 16, 2018


暗くなった農場に暖かいあかりが灯る母屋から、大柄の白人の女性が出てきてくれました。握手をして自己紹介して、私とけいを、小さな小屋へと案内してくれました。小屋の中は家主のシェリルのおかげで、ヒーターがつけられ暖炉が灯り気持ちよく乾いて暖かく、すぐにくつろぐことができました。シェリルは言葉少なに部屋の説明をすると、ゆっくりお休みなさいと言って出て行きました。その日は荷物も解かずにシャワーを浴びてベッドに入りました。けいも暖炉の前のロッキングチェアで夢の中です。    

翌日は朝早くからわくわくして起き出すと、そこは、まさに「ザ・プリンスエドワード島の朝」でした。私の眠る寝室からは裏の森が見え、そこから野生のリューリップが森の奥に群れで咲いているのが見えます。あちこちに置かれている野鳥のための小屋や餌と水おきには鳥たちが集まり、様々な種類の鳥たちの声が聞こえます。

 

 

私たちが借りたのは5ヘクタールの敷地の農場の母屋のすぐ裏に建つ小さな小屋で、1800年代半ばに建てられた物置小屋を、シェリルとロバートの夫婦が21年前にこの農場ごと買い取った際に、自分たちでコツコツと手作りで修復したものでした。入り口を入ると小さなキッチンにダイニング、奥には暖炉のあるリビング、一段下がった隣の部屋にはゆったりとしたキングサイズのベッドにかわいいアンティークのキルトが。家具も全てアンティークで整えられ、浴室も機能的ではあるけれど昔風にあつらえてありました。とこんなに可愛い小さな小屋を見たことがありません!それも、こんな美しい場所に。

外に出ると、広い芝生の向こうに動物たちが。馬小屋には馬のキャサリンとポニーのデクスター。ヤギの3兄弟、ホープ、チャリティ、フェイス。うさぎのハリエットとキウイ。そして鶏たち(名前特になし)。

 

もうけいにとっては夢のような世界です。けいはこの日から毎朝、家から飛び出していくとまっさきにうさぎさんの元へ。私は小動物の持つウィルスからの感染症を少し心配していましたが、ここまできたらどうにもならないと覚悟を決めて好きにさせていました。最初、うさぎたちはけいのことを怖がってすぐに小屋に引っ込んでいましたが、けいの熱烈な想い?が伝わったのか、3日目あたりからはうさぎも柵まで寄ってきてけいと顔を突き合わせて何やらもぐもぐしていました。私がうさぎ小屋に近づくと引っ込んでしまいますが、けいとなら仲良しです。

 

 ヤギたちはけいが大好きなようで、けいが出てくると大声で鳴いて3匹とも寄ってきます。しかしけいは全く無関心のようで、ヤギさんたちには一切近寄りませんでした。けいは厩も大のお気に入りのようで、ほっておくと何時間でも馬たちのところへ行っています。大きな納屋の中を散策したり、ポニーのところへ行って足元に座ってみたり。馬たちも優しく接してくれて、東京から来たけいもすっかり農場の犬として幸せそうにしています。

 

そう、この農場には、1、私たちの借りている小屋と、2、家主さんたちの住む大きくて古いけれどきれいな母屋、3、広々とした納屋、4、馬たちの住む厩、そして 5、もう一つの貸し出す用のコテージの建物(ふた部屋あります)、そして6、巨大な今は使われていない納屋、と大変広々としたおおきな敷地なのです。その上、ここから見えるほとんどの敷地がこの農場のものです。農業はしていないので、森以外のほとんどの土地は貸し出しているようです。母屋には裏に手作りの広いデッキがあり、そこにはホットタブ(ジャグジー)とおおきな人間用のプールもあります。これを全部、シェリルたちは自分たちで作ったというのですから、本当に頭が下がります。

シェリルたちご夫婦は、アメリカのコロラド州からプリンスエドワード島にバケーションで訪れて、いっぺんでこの島を心底気に入ってしまい、21年前に荒れ果てていたこの広い農場をすぐに購入してしまいました。二人は小さかった子供たちを連れて、真冬の1月に島に到着しました。プリンスエドワード島は冬にはマイナス20度まで下がることもあり、また1メートル近く積雪するそうです。ご主人のロバートはもともと建築関係の技術者ですが、それでもたったひとりで全ての建物を住めるように改築するのには随分年月を要しました。一家が真冬の島に到着した当時は、住める環境でもなくサバイバルゲームのような辛い日々だったそうです。でも二人はこの大好きな島に移住したことを悔やんだことは一度もなく、ふたりでたゆまず、少しずつ改築をすすめました。

シェリルはすべてのインテリアを手作りでデコレートし、ロバートは荒れ果てた物置小屋までも素敵なコテージに改築し、島にくる観光客に二人のファームに宿泊できるようにしたのでした。ご夫婦の間にさらに子供達が生まれ、今では大きくなった3人のお子さんがいます。長女の馬の調教かつ乗馬選手のカーリーは、時間が合えばコテージの宿泊客に乗馬体験などをしてくれます。

 

二人で作ったコテージと納屋を改造した2つのテラスハウスは、7月から3ヶ月間の夏のコテージはほぼ1年前から予約の取れない宿になりました。

 

 

しかし、いかんせん残りの9ヶ月、特に冬の期間は誰も訪れないのでロバートは今でも外地に出稼ぎに行って離れ離れです。ご夫婦はなんとか家族のための十分な収益をここで産もうと、クラフトショップを始めてみるなど様々な方法で頑張ってきましたし、農地も大部分を人に貸しています。でも、3人も子供がいるから仕方がないのとのんびりシェリルは言っていますが、愛する夫と離れているのは辛い、と言っていました。夏以外の時期にこの島を訪れてくれる日本からの観光客は、キャベンディッシュに行ってしまってここにはこないの、と言っていました。私は黙って聞いていましたが、なんとか二人の手助けがしたい、という気持ちがふつふつと心の中に湧いてきました。

シェリルはペラペラと愛想よく喋るタイプではありませんが、一生懸命もてなしてくれようとします。妙齢のおばねえさんがたったひとりでけいを連れて、このコテージを予約したときは、家族連ればかりが訪れるこの場所では少なからず衝撃的だったようで、なぜ私が犬を連れて旅をしているのか、予約の段階でしげしげと興味深くEメールで尋ねられました。私がけいとここ数年時折旅に出ていること、家族が他にはいないこと(生まれた家の家族はいますけれど)を話すと、とても暖かく迎えてくれました。到着時には暖炉に火を入れ音楽をかけて迎えてくれ、日々私がどうしているかフレッシュなタオルがいるかどうかなど様子を見に来てくれたり、「これは本当におすすめなの」と街のミュージカルの時間を調べてきてくれたり(これが本当によかった)、畑で作ったルバーブと農場のとれたて卵で作ったルバーブケーキを差し入れてくれたり(感動的な美味しさ)、予想外に冷えた夜にはけいと私が凍えていないか見に来てくれたり(家は暖炉で乾いてとても暖かかった)、素朴でお世辞も愛想もないシェリルですが、プリンスエドワード島に来てここに出会えて本当に幸せだったと心から言えるコテージです。

この家ではNYの生活で少し疲れていた身体も緩み、美味しい島の野菜をたくさん食べ、水をたくさん飲み、夜は好きなだけ本を読み、そして朝までこんこんとよく眠りました。