#26 夢みていた島へ

Originally posted on June 08,2018



長いこと夢見ていた憧れの島に降り立ったのは、小雨の降る寒い寒い5月の夕方でした。小さな空港に小さな飛行機が着陸し、小さな飛行機から乗客は全員タラップを降りて歩いて飛行機から平屋の空港に向かいます。

摂氏10度に満たない気温にもなると前もって調べてあったので、薄手のダウンを持ってきていましたが、それでも寒い。けいが濡れないようにキャリーケースに入れたまま抱え、一番最後に飛行機からでました。

 

寒くて薄暗い雨の中という感動的なシーンには程遠い到着でしたが、私は感無量で、これまで生涯憧れ続けた地に実際に降り立った喜びでいっぱいで雨に打たれていました。冷たく降る雨すらも歓迎してくれているような気持ち。笑

 

雨のせいもあってか、プリンスエドワード島で吸う空気の中には強く濃い土の匂いが混じっていて、見上げるとどこまでも広い灰色の空が広がっていました。曇る雨の中でもその空の広さと大地の大きさに圧倒されます。


小さな空港の中に入ると、そこは時が止まったかのような古くてシンプルな造りで、「昭和」を思い起こさせるような空港でした。ひとつだけのバゲージベルト。ゆっくり荷物がゴトゴトと回ってきます。幕張メッセのイベント会場の簡易ブースのような囲いで仕切られたレンタカー会社のブース。その奥には古い壁に備え付けられた両替機や水飲み場。奥には空港でよく見かけるスープやドーナツの軽食を出すコーヒーショップ、それで全部です。家族全員でお父さんを出迎えに来ている人たち、大きなリュックを背負ってレンタカーブースに向かう年配の旅行者たち。そんな空港に、私とけいはこみ上げる嬉しさを噛みしめながら辺りをキョロキョロしていました。明らかにひとりと一匹で、ここに来る人は他にはいなそうです。

 

私の借りているレンタカーは、イギリスの格安レンタカーアレンジサービスを使ったので、空港にはブースがありませんでした。「あのー」とガラスで区切られたインフォメーションブースに行くと暇そうな人の良さそうなおじさんが私の差し出したiPadの予約表 をしげしげ眺めながら「あーここね、今 電話してあげるよ」といってレンタカー会社の迎えを呼んでくれました。    

レンタカーの迎えは10分ほどで到着して、何処かの強い訛りのアフリカ大陸から来た若者が、わたしとけいを赤いスバルに乗せてくれました。ここへは獣医の勉強がしたくて遠くからやってきたんだ、国へ帰って病気の動物たちを治してあげたいと思ってね、でも国に帰っても誰も動物を病院にかける費用なんか出せないからね、結局 経済の学位をとったけど国に帰って仕事もないんで、このままここでレンタカー屋さんで働いているんだ、お父さんとお母さんも一度はこちらに来たけれど今は国へ帰っているんだ、などをオフィスに着くまでの15分くらいの道のりの中で身の上を話してくれました。若者特有のブツブツ途切れる話し方ですが、怪しいところの全くない笑顔で、お定まりのレンタカーの契約の説明なども大変丁寧でした。なんていうのでしょう、説明の仕方が相手を置いてきぼりにする、自分の頭の中の何かの暗記をざーっと読んでいる感じの説明でなくて、短くまとめて説明しポイントとなるところだけ自分の言葉で補足するような、そういう説明の仕方なのです。大学でも成績がよかったんだろうなぁと思わされました。この島ではおそらくみんな4時には仕事を終えて帰宅しているのでしょう、誰もいないオフィスでした。「遅い時間に迎えに来てくれてありがとう」と言うと、普通は仕事だからと言われることが多いのですが、若者は「どういたしまして」と息子のような笑顔で答えてくれました。

 

プリンスエドワード島はシアトルと一緒で緯度が高いせいか、夜7時を過ぎても暗くはならず、予定外にネットの環境のない中で地図を見ながら田舎道を運転していく私にとっての救いでした。そうです、また私のiPhoneはインターネットの世界から独立してしまいました。カーナビもないというのに。嗚呼。

 

しかし、初めて島に来て運転する人にとって、プリンスエドワード島は簡単な地理です。島を横断するハイウェイ(といっても普通の片側一車線動路です)が何本かあって、それを横切る形で横断する道路があるだけです。少し意外だったのが、看板がマイルでなくキロ表記だったこと。ガソリンスタンドでもガロンでなくリッター表記でした。

 けいといよいと赤いスバルに乗って(迎えの車が私たちの車でした)、今夜から宿泊する農場を目指します。空港でネット環境の中で調べておいたGoogle mapさんによれば、ここから1時間弱のはずです、、、が!なんとそれは時速100キロで走った場合のことだとすぐにわかりました。行けども走れどもちっとも距離は縮まりません。そして島では老若男女が最低でも110キロでびゅんびゅん飛ばしています。私もスピードは構わないのですが、みんなにとっては「ハイウェイ」かもしれませんが私にとってそこは田舎の一般道。片道一車線のただの舗装された道路だというのに、どんな動物や人が飛び出してくるか危なくて110キロで駆け抜けられません。(1週間後には慣れてびゅんびゅん組になりましたが)日本でそれをやったら確実に捕まるレベルです。

 

それに初めて見る赤土の畑、遠くに見えている深い蒼色の海、マシューの馬車が下っていきそうな坂道、100年以上は優に経っている古くて可愛い手入れの行き届いた家々など、ゆっくり走って全て見たい景色が次から次へと迎えてくれるのです。けいも窓にかじりついて窓の外を見ています。びゅんびゅん組は私を左車線からどんどんきれいに抜いていきます。あぁ、プリンスエドワード島に来ちゃった、と感動がまだ繰り返し湧いてきました。    

 


1時間以上かけて行ったり来たり、地図を見ながらどうにかこうにかそれらしき農場を見つけました。地平線が広がるあたりでは曇り空で月は見えず、あたりはとっぷり暮れてきた夜8時半を過ぎたところでした。暗い中で農場のパーキングらしきところに車を泊めると、母屋の明かりが見えてきました。