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#11 少しだけ旅以外のこと。

Originally posted on April 23, 2018 - Photo - Kay, San Francisco 2014

このブログはテーマを決めて、期間限定で始めたものなのですが、最近すっかり旅の準備以外のことで目まぐるしく、なかなか本格的に旅に気持ちがいかなくなっておりました。旅の準備のラストスパートの前に、今回はお許しをいただいて(誰に?)、旅以外のことについて、すこし。

 

私の友人で、東京に昨年から駐在している某国の女性がおります。私とは段違いの輝かしい経歴の持ち主で、私が友人と呼ぶにはおこがましい気がしますが、本人が友人だと言ってくださいますのでそう呼ばせていただきます。世界でも名門と言われる大学の教育を受け素晴らしい成績を収め、若くして「世界で最も価値のあるブランド」と言われたあのメーカーの花形部署やその他数社の要職を歴任して、現在はその分野ではアジア諸国のトップとして東京に赴任し、海外のマスメディアでも取り上げられ、これ以上華々しい眩しい人は私の周りにはいないというサクセスフルキャリアの典型のような人でした。

数年前まで会社員として同じようにいわゆる「外資系」という同じくくりにしてしまうのはひたすら申し訳ないような、おばねえさんとは一段も二段もレベルの違う世界の人です。

その人から先週末、久しぶりに連絡があり、単刀直入に(いつものように)突然だけど本国に急いで帰る、ということでした。詳細は省きますが、その週、緊急に本国に帰って治療を開始する必要がある病気であることが本人に告げられた、ということでした。瞬間不意をつかれて何も言えず、その場は感傷的なことは一切なく、ただただお互いに必要な事務的な連絡事項などをやりとりしたのですが、電話を切ってからしばらく呆然としてしまいました。昨年の12月から私の小さな仕事が立て込んできたりわたしが新しいことを始めたりして、それまで頻繁にやりとりしていた連絡も途絶え、相変わらず彼女はがんがん頑張っているんだろうくらいに思っていました。

電話を切ってからしばらく見ていなかった私個人のインスタから彼女の投稿を開いて見てみると、Japan Timesでも写真が使われるほどのカメラの腕前がプロ級の彼女が撮った日本の桜の写真がたくさん並んでいました。今年は桜もよく見られなかったわたし。日本語ができない彼女のコメントの中で、英語で日本の古典文学の解釈が語られていました。日本人だけに通じる概念を自分なりに解釈してみたい、という趣旨。「無常に世の中は移り変わり消え去っていくし、今、目の前にあるものも命も消えていく。けれどそれがかえって一瞬一瞬の輝きを際立たせ、さらに美しいものにしていく」という日本の平安時代の美的通念を紹介してありました。(わたしのインスタのテーマとはえらい違いですねぇ・・・)

湿っぽい話にするつもりはないのです。ただ、どんなに恵まれているように見える人でも、どんなに恵まれなさそうに見える人(例えばわたし)でも、同じようにこの世に生まれて、はかない一瞬をせいいっぱいいきていくことより他にやりようはないのだと思わされました。輝かしいばかりの知性も、まばゆい美しさも、誠実に誰かを思いやる心も、すべて一瞬一瞬のものなのだなぁと。わたしも明日のことはわかりません。

 

今週、彼女は両親を呼び寄せ広島や京都を旅していました。急遽、ご家族がサポートに来てくださったのかなと安心していましたが、旅行から帰ったご両親にお会いしたところ大変明るいので内心少しだけびっくりしていました。その後、車までわたしを送ってきた彼女いはく、まだご家族は何も知らないのだ、と。以前から計画していたこの旅行を悲しいものにしたくないから、旅行がすべて終わって、ご両親が本国に帰る前日に話すつもりだと言っていました。わたしだったら崩れ落ちてしまいそうな大変なできことの直後、何日もそばにいる両親にはみじんも気が付かせないその精神的な強さ、そんな時でも他を思いやれる暖かさに圧倒される思いでした。

 

わたしがけいと旅に出ると言った時、心から自分の犬を愛する彼女もいつか旅に出たいと言っていました。わたしはわたしができる限りのことを彼女のためにして、あとは彼女の頑張りを応援する他はありません。わたしとけいは5月の初めに日本をでてしまうのでしばらく東京で彼女に会うことはないと思いますけれど、必ず彼女の国かどこかで会えると信じています。

 

 

ではまた次回から旅の準備のブログに戻ります。

 

読んでくださりありがとうございました。